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2010年04月29日
人生第三ステージ開幕
自分の人生をステージに分けてみたとき、
第一ステージ…幼少期〜成人までの育てて頂いていた期間。
第二ステージ…成人してからこれまで自身で人生を創ってきた期間。
そして、自らの子供を持ち、その子を成人まで育てていく期間を
『第三ステージ』と決めていた。
平成22年 4月23日(金)午前9:33
ついに第三ステージ開幕の瞬間を迎えた。
前日の夕方5時すぎだっただろうか…
里帰り出産で実家に帰省していた妻から携帯が鳴った。
「今朝から始まった陣痛が10分間隔になってきたから、
もしかしたら今夜かもしれない…」
一応、今夜には出発できる準備をしておいてほしいとの事だった。
おぉ、そうかと思ってはいるのだが、いまいち実感のわかないオレ。
すぐにスカイプで友人のウメちゃんにチャットで報告してみる。
すると速攻で電話が来た…
「何やってんすか、池さん!? すぐに帰る準備しないと!!」
『え!? そんなに緊急な感じ??』
「もう10分間隔なんでしょ!? 急がなきゃダメだよ!!」
もう全ての作業を投げ出して飛び出すように帰宅しました。
帰る電車の中で、同級生の先輩ママさんたちに陣痛が始まったことを報告した。
その文面はすでにパニック丸出しだった。。。
そもそも、予定日は5/2だったので全く心の準備ができてなかった。
それどころか、この週末に開催予定だったインダレスのスプリングキャンプで
カワイコちゃんたちとキャピキャピ、スノボーするつもりでいたくらいだからだ。
あまりの急展開に恥ずかしいくらいパニックだった。
メールしたママさんたち全員から…
「いいから落ち着きなさい!」と返事が来た。。。
先輩ママさんは、持って行くもの一覧表を送ってくれたり
本当に助けになりました。
その中でも「デジタルカメラを忘れずに!!」!!
もうこれは必須中の必須アイテムなはずなのにすっかり忘れていたくらい。
どんだけ動揺していたんだか…
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長岡行きの最終新幹線に飛び乗ったのは21:40分。
到着は23:20の予定である。
ちなみに東京駅ではさっそく傘を無くしてしまった
どこに置いたかも覚えていないくらい、ダメオヤジ。。。
新幹線に乗ってからも、興奮は収まらない。
なにせ、これから何が始まりどうなっていくのかが全く想像つかないからだ。
もちろん事前学習なんてこれっぽっちもしておりませんから。
大宮駅でとなりの席にボインな女性が座ってきたことで本来の自分を取り戻した。
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「なんてラッキーなんだ♥」とウキウキです。
ちょっと落ち着きを取り戻した瞬間でした。
そんな殺気を感じたのか、そのボインちゃんは次の駅で空いた対面のシートに
そそくさと移動してしまったのでした… 「チッ!!」
同じころ、陣痛室に入っていた妻からメールが。
どうやら今夜中には産まれることはないだろうから、今夜は実家に泊まってくれとのこと。
「な〜んだ、そうなのぉ〜」とすっかり安心のオイラ。
そいじゃ〜ということで、ビールを購入。
明日逢えるだろう我が子にかんぱ〜い!! というわけで、プシュっとしてしまったのでした。
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あっという間に飲み干した500ml缶。全く酔うことはありませんでした。
長岡に到着する直前に、再度妻からメールが…
やっぱり一度病院に顔出してほしい…と。
まさかの余裕のプシュッ、は非常識かなと思いフリスクをたっくさん食べました。
そんでもって長岡駅に迎えにきてくれた妻の兄と病院へ直行!
駆け足で「陣痛室」へ向かった。
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陣痛室には妻以外の妊婦はおらず、貸し切り状態。
ひとり苦しんでいる妻に再会した。
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この時、陣痛は6分間隔になっていた。
そしてひとたび陣痛が始まると、その苦痛に歪む妻の顔はまるで雷門の
「風神&雷神」の様。。。
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それを見て帰ることなどできないオイラ。そのまま産まれるまで付き添うことを覚悟した。
それから深夜2時くらいまでは、6分間隔の陣痛が続いただろうか…
僕は腰をマッサージすることくらいしかできなかったが、一緒に時間を過ごすことで
少しでも安らぎになればとの思いだった…が、当人はそれどころではなかったと後で聞いた。
右手で背中をさすりながら左手で携帯で打ち込んで書いたのが、父親直前の日記だった。
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僕も強烈な睡魔と戦いながら、本を読んでみたり、iPhoneでYoutubeを見たりして
必死に戦っていた(戦っていたつもり。。。)
この間も定期的に助産師さんが検診に来ます。
都度、お腹の子の心音を聞いて状態を確認します。
朝4:00
分娩室に入り、お腹の子の心拍数と陣痛の時間を計る検査をしました。
これが僕の人生初の分娩室入室でした。
検査の内容うんぬんよりも、「ここが分娩室なんだ…」という緊張感でいっぱいでした。
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この辺りから、妻の苦痛はさらにレベルアップしてきました。
もう、先ほどまでの唸りから悶絶に変わってきたのでした。
背中をさすっている際も、反対の手が少しでも体に触れているとそれすらも我慢できないみたいです。
こんなに苦しんでいる妻を見たのも初めてでした。
朝6:00
もう、人の声ではなくなってきました。
僕はちょっと恐怖さえ覚えます。「本当に大丈夫なのだろうか…」
しかし検診に来る助産師さんは「順調ですよ〜」と和やかです。
朝8:00
助産師さんが若い女性からベテランの女性の方に交代しました。
そして、分娩室に入るように指示されました。
分娩室に入ってからの妻はこれまでで最高に苦痛に歪んでいました。
もう発せられる声は人の声ではありませんでした。
ここから僕は手を握ることもできませんでした、ただ妻の手の上に自分の手を重ねているだけです。
そして、そして…
こんなに苦しんでいる妻を見ていると涙が込み上げてくるのです。
でも、ここで僕が泣いてどうするんだ!? お前がしっかりしなくてどうするんだ!?
と、自分に言い聞かせ必死でこらえました。
涙をこらえるので必死だから何も声をかけてあげられなかったです…ダサイ。。。
当初、お産は10:00以降だろうと伝えられていた。しかし…
朝9:00
助産師さんから「子宮口も10cmになったから産みましょう」とGOサイン!
そして「ハイ! 旦那様は退室お願いします」と言われる。
そう、この病院では立ち会い出産できないのである。
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※画像はイメージ
9:15
僕は瞬時に部屋を出て行った。
もう正直限界だった…ダサイ。。。
部屋を出てからは扉のすぐ前で待機した。
椅子も無いから立って待っていた。
妻の母も到着し、一緒に待った。
昔見たドラマで、分娩室の前を行ったり来たりするシーンがあるでしょう、
あれってウソではなかった。
まさに僕がそれだったのである。
それからわずか15分後………
もの凄い鳴き声が分娩室に響き渡る!!!!!!
えぇぇぇぇっっっっっっ!? もうですかっ!?
あまりの早さに一瞬戸惑ったが、確かに分娩室から聞こえる。
数名の看護士さんがバタバタと分娩室に入って行った。
一人の看護士さんが出てきた。
「おめでとうございます! ホントに綺麗な赤ちゃんですよ!!」
ついに産まれたのだ。
僕たち夫婦は、最後まで性別を知らせないでほしいとお願いしてあった。
なのでこの時点では、僕はまだどちらかわからない。
それから20分後、室内に呼ばれた。
そして、ついについに我が子と対面した。
「抱っこしてみますか、お父さん??」『もちろんです!!』
その子を初めて抱いた瞬間。
号泣してしまった。。。 涙が止まらなくなってしまった。。。
こんなに嬉しいものだとはまるで想像できなかった。
「ずっとお前に逢いたかったんだぞ、産まれてきてくれてありがとう」
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そして、この病院のスタッフは僕に性別を教える瞬間を楽しく演出してくれた。
「それじゃーお父さん、こころの準備はよろしいですかぁ?」
「ではいきますよ〜」
「ジャンジャジャ〜〜ン♫」
・・・・・・・・・・!?!?!?!?!?
一瞬、マジで心臓が止まるかと思いました。
それほど驚きました。
ずーっと男の子だと思ってました。
男の子を想定してこれからの将来も考えていました。
サーフィン、スキー、スノーボードやらせるって決めてました。
13歳になったら、エロ本を見せてやろうと思っていました。
彼女を連れてきたら、その友達を紹介してもらおうと思っていました。
男の子であることを切に願っていました。
でも、その驚きはほんの一瞬の出来事でした。
女の子だと知って、それはさらなる嬉しさに変わり、
そしてその嬉しさでさらにまた号泣してしまったのでした。
もう、その可愛さに瞬時に愛してしまいました。
メロンメロンになってしまいました。
虜になってしまいました。
親バカなバカ親の誕生でもありました。
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女の子が生まれてくれて本当に良かったと心から思います。
そして、この長時間に及ぶ激痛を乗り越え、こんなに元気で可愛い娘を産んでくれた妻に
最大の感謝と愛情を送りたいと思います。
女性って本当にすごいと心から思い、それを目の当たりにした1日でした。
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生命の誕生って素晴らしいですね。
またまた、長ーい、長ーい日記となりましたが、
これもまた、自分に送るための日記です。ライフログなのです。
これから約20年間に及ぶ、人生第三ステージを迎えるにあたり
途中で挫折しそうになることがあったら、またこの日記を読み返してみたいと思います。
あるいは、娘が手に負えない悪ガキになったときにでも見せようかな。
いずれにしても、死ぬまでに5回は読み返そうと思います。
さぁ、これから愛娘のために一生懸命働こう。
投稿者 masato&sumi : 2010年04月29日 23:43